出雲大社御本殿天井八雲之図 拝観
今日は出雲大社に御参りして、通常は見ることができない、御本殿の天井にある「八雲之図」を見てきました。
1744年御本殿が作られたときに描かれたものですが、鮮やかな原色がそのままでした。
写真撮影禁止のため、ご紹介できませんが、いただいた「御本殿特別拝観の証」に載せてあるものをご紹介します。
これは現在のものとほぼ同じですが、もう一つ前(1744に立て替えられる前の御本殿に描かれていたもの)の絵だそうです。
但しこの絵は、空の上から天井を透かして見た配置になっており、実際に下から見上げた絵とは、裏返しになっています。
以下のような面白い話が聞けました。
・八雲の図なのに7つの雲しか描かれていません。
・その理由ははっきりとわかっていませんが、「未完成の形にして、今後の発展を期待した」とか、
「神魂(かもす)神社に描かれている雲は9つある。1つの雲が飛んでいった?」
という説があるそうです。
八雲の図は一般にも公開されていた(る?)様ですが、混雑して見るのが大変だった様です。
今日は熊野大社の氏子が特別に拝観させていただいたため、ゆっくりと気の済むまで拝観できました。
また、出雲大社の第84代宮司のご長男に直接ご説明いただきました。
通常はこの御本殿に入ること自体が許されていません。
下側の写真は、ご本殿の敷地に入ってからご本殿を写したものです。
神職さんお二人がおられる場所が拝殿です。
その後ろが階段で、その階段を上ると、正面に大国主の大神様がいらっしゃいます(今は留守です)。
大神様は通常西(左)を向いておられ、こちらを向いてはいらっしゃらないそうです。
この御神座の周辺の天井(手前と左側)に鮮やかな「八雲の図」が描かれていました。
ご本殿は9本(3×3)の太い柱(杉?)で支えられています。
特に真ん中の柱は「心御柱(しんのみはしら)」と呼び、直径が1.1mもあります。
前回の改修から60年たっているため、屋根がかなり傷んできているようです。
そのため、今回平成の大遷宮が計画され、屋根の葺き替え、金具の痛んだものの取替え等が行われるそうです。
大国主の大神様は、すでに仮の住まいに移っていらっしゃいます。
熊野大社はこの出雲大社と深いかかわりがあります。
このあたりの話は、日を改めてご紹介します。
1744年御本殿が作られたときに描かれたものですが、鮮やかな原色がそのままでした。
写真撮影禁止のため、ご紹介できませんが、いただいた「御本殿特別拝観の証」に載せてあるものをご紹介します。
これは現在のものとほぼ同じですが、もう一つ前(1744に立て替えられる前の御本殿に描かれていたもの)の絵だそうです。
但しこの絵は、空の上から天井を透かして見た配置になっており、実際に下から見上げた絵とは、裏返しになっています。
以下のような面白い話が聞けました。
・八雲の図なのに7つの雲しか描かれていません。
・その理由ははっきりとわかっていませんが、「未完成の形にして、今後の発展を期待した」とか、
「神魂(かもす)神社に描かれている雲は9つある。1つの雲が飛んでいった?」
という説があるそうです。
八雲の図は一般にも公開されていた(る?)様ですが、混雑して見るのが大変だった様です。
今日は熊野大社の氏子が特別に拝観させていただいたため、ゆっくりと気の済むまで拝観できました。
また、出雲大社の第84代宮司のご長男に直接ご説明いただきました。
通常はこの御本殿に入ること自体が許されていません。
下側の写真は、ご本殿の敷地に入ってからご本殿を写したものです。
神職さんお二人がおられる場所が拝殿です。
その後ろが階段で、その階段を上ると、正面に大国主の大神様がいらっしゃいます(今は留守です)。
大神様は通常西(左)を向いておられ、こちらを向いてはいらっしゃらないそうです。
この御神座の周辺の天井(手前と左側)に鮮やかな「八雲の図」が描かれていました。
ご本殿は9本(3×3)の太い柱(杉?)で支えられています。
特に真ん中の柱は「心御柱(しんのみはしら)」と呼び、直径が1.1mもあります。
前回の改修から60年たっているため、屋根がかなり傷んできているようです。
そのため、今回平成の大遷宮が計画され、屋根の葺き替え、金具の痛んだものの取替え等が行われるそうです。
大国主の大神様は、すでに仮の住まいに移っていらっしゃいます。
熊野大社はこの出雲大社と深いかかわりがあります。
このあたりの話は、日を改めてご紹介します。